近鉄12200系電車
運用事業者 | 近畿日本鉄道(近鉄) |
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製造所 | 近畿車両 |
製造年 | 1969年(昭和44年)~1976年(昭和51年) |
製造数 | 168両 |
運用開始 | 1969年(昭和44年)3月 |
運用終了 | 2021年(令和3年)2月12日 |
運用路線(廃車直前時点) | 難波線・奈良線・京都線・橿原線・大阪線・名古屋線・山田線・鳥羽線・志摩線 |
最高速度 | 120km/h |
備考 | 一部の編成は団体専用列車「あおぞらII」と「かぎろひ」、観光特急列車「あをによし」に改造され、系列名がそれぞれ15200系、15400系と19200系になっている |
クイックアクセスガイド
近鉄12200系電車(きんてつ12200けいでんしゃ)は、近畿日本鉄道(近鉄)が1969年から運用している特急形電車です。
1970年に開催される日本万国博覧会(大阪万博)に歩調を合わせて「伊勢・志摩を万博第2会場に」という合言葉のもと、万博輸送の便を図るべく難波線の建設を推進するのと並行して、万博来場客を伊勢志摩に誘致させるべく鳥羽線の建設を行いました。また、志摩線では改軌工事が完成することに合わせて、難波・名古屋の両駅と賢島駅の間に直通特急が運転されることとなりました。この時の輸送量増加を見越して特急車両を大量増備する名目で製造されたのが12200系です。1969年3月に18400系とほぼ同時に竣工しました。本系列は12000系(廃車)を基本としながらも、化粧室レイアウトの見直しとスナックコーナー拡大、保安度向上を盛り込んだ車両となりました。また、万博終了後も特急利用客が引き続いて増加したことで1976年までに中間車も含め168両(事故廃車された2両を含む)、56編成が製造されました。
12000系の車内構成を見直した本系列は、適正な化粧室と客室の配置となり、特にスナックコーナー省略型編成の車内レイアウトは以後の汎用特急車両の基本形となりました。
基本的な仕様・性能は12000系(廃車)に準じています。
車体構造
車体は先に登場した12000系と同様に、10100系「新ビスタカー」(廃車)で確立された従来のデザインから大きく変更され、前面は丸みを帯びた形状とし、前照灯は埋め込みタイプとなっています。
また、需要変動による編成の増減や、運用上大和八木駅などで列車の分割併合が頻繁に実施されている近鉄特急ですが、従来は剥き出しであった貫通幌を観音開きのカバーで隠しています。前面の特急標識は、分割併合時の作業時間短縮を重視するため、従来の逆三角形の特急表示装置の設置を取りやめ、貫通扉に円形の電照標識(縦書きで「特急」と入る)の両側に翼を付けた形の特急標識を採用しました(現在は行き先表示機に変更)。翼と中央部を分割して左右の幌カバーと貫通扉を固定方式としたため、作業員の負荷が低減されています。
さらに、電照式の行先表示板差しと一体となった標識灯・尾灯が採用されました。標識灯は、列車接近をいち早く発見するため(現在は昼間時においても前照灯を点灯して遠方からでも列車の接近を発見し易くなっているが、当時は昼間時は不点灯であったため、標識灯の点灯が列車接近を知らせる一つの判断材料であった)、および球切れによる不点灯が踏切・駅通過時の危険をともなうため、左右2灯ずつとなっています。この標識灯、表示板差しのセットは左右に各1基設置されましたが、一方は行先、もう一方は「ノンストップ」「臨時」「吉野連絡」の表示あるいは親子列車の別の行先表示などが入るようになっていました(現在は行先表示板差しを撤去し、その役割を貫通扉部の行き先表示機に統合)。側面は12000系と異なり、方向幕が設置されています。また、「Snack Car」のロゴが初期車に限って入れていました(現在は撤去)。窓下の腰板部の裾絞りは、12000系において新たに開発したリクライニングシートの幅を最大限有効活用するために、この部分の車体断面形状を11400系までの窓下で内側に折れ曲がる直線的なものから緩やかな曲線を描いて車体幅が絞られるものに変更しています。また、側窓の幅は従来の1,620mm(16000系の数値。11400系は1,600mm)から1,700mmに拡大されました。
踏切事故による乗務員・乗客・車両への損傷を最小限に抑えるために、前面にスカート(排障器)が取り付けられました。特急列車同士の増解結によるさらなる時間短縮を目的として、12000系にはなかった電気連結器が新たに設置され、あわせて正面スカートに切り欠きが設けられました。ただし、電気連結器を持たない10100系との連結を考慮し、ジャンパ栓および車体にジャンパ栓受けの設置が継続して行なわれました。また、12000系から引き続いて制御電動車のスカート上に連結アダプター箱が設置されました。アダプター箱はスカートの取り付け台を兼ねるために撤去が困難で、柴田式自動連結器を有する旧型車両が淘汰された後も設置されたままとなっています。
これらの観音開き型幌カバーをはじめ、埋め込み式の前照灯、正面排障器など特徴的な先頭形状は1970年代の近鉄特急の顔となり、また下ぶくれした車体断面形状や側窓寸法も含めて、そのほとんどが12600系まで継承されました。
主電動機・制御装置・台車・運転機器
主電動機は18200系(廃車)と同じものを用いています。また、制御方式はWN駆動方式を用いた抵抗制御となっています。
台車は、シュリーレン式軸箱支持機構搭載のダイレクトマウント式空気ばね台車となっています。
ブレーキ制御は、設計当時の近鉄で標準であった、HSC-D発電ブレーキ付き電磁直通式となっています。
車内仕様・サービス設備
内装は基本的に先に登場した12000系に準じています。
車内はモ12200形のスナックコーナーのカウンターが、12000系と比較して倍以上の面積の2,355mm×1,770mmに拡大され(モ12000形のカウンターは1,595mm×1,200mm)、この関係で運転室との仕切扉は、客室から見て右側の車掌台側に寄せられています。このため、12000系にあった物置スペースは廃止され、山側に窓が設けられました。客室とコーナーの間は乗降扉が設置されていますが、デッキはないため素通しとなっていました。しかし、乗降扉と客席の間にパーティションが設けられ、この部分には補助席(4人分)が設置されました。スナックコーナーは第20編成まで設置されましたが、営業上の問題が多く、12221F以降は設置されなくなりました(現在はすべての編成で設置されていない)。
座席構造は12000系と同様の回転式リクライニング構造(同心回転)の2段式(中間なし)簡易タイプですが、製造途中から18400系(廃車)において新規採用された偏心回転構造を採用しました(現在は一部がバケット型シートに交換)。これによりテーブルをセットした状態でも回転可能となりました。この座席形体は、様々な改良を加えつつも21000系まで継承されました(背起こし式回転や簡易リクライニング機構は26000系まで踏襲された)。
トイレは付随車に設置されている点は12000系と同様ですが、運転台側から連結面側に移動しました。12000系ではシートピッチの拡大とリクライニング機構の新採用を図りつつ、定員をシートピッチ950mmの11400系と同数としたために、そのしわ寄せとしてトイレのレイアウトに無理が生じました。12200系では定員を60名として車内レイアウトに余裕を持たせ、トイレについては和式の個室と近鉄特急車として初採用となる洋式の個室を1つずつ設置しました。また洗面所はデッキ部に設置しました。処理方式は垂れ流し式から貯蔵タンク式となりました。
客室内装は木目のデコラを基調として、床材は近鉄特急の当時の標準であった市松模様としました(現在は21000系に準じたモノトーン調の内装で、床は濃茶色の敷物となっている)。天井は木目とのバランスを考慮のうえ白系の色調としました。窓柱には4柱おきにガラスの花瓶を設置して飾り造花を差し込み、客室内のアクセントとしました。連結面側ドアは横縞の入ったアクリル製のタッチ式マジックドアが設置されました。他のドアは一般的な化粧板を貼り付けたマジックドアです。化粧室寄りドアはトイレの構造上、客室から見てやや右側にオフセットしており、連絡する乗務員室用ドアも同様にオフセットしています。
天井照明は10100系以来の逆三角形アクリル製カバー付の蛍光灯照明です(現在は間接式に変更)。なお、スナックコーナーの天井は白熱灯のスポットライト式でした。サークラインが背面にセットされており、左半分が銀色、右半分が金色の反射板がついており、点灯すると柔らかい光が溢れます。
12200系は以下の4形式から構成されています。
モ12020形
中間電動車(M)です。車内販売準備室が搭載されています(一部編成は撤去)。
サ12120形
付随車(T)です。トイレと洗面室が搭載されています。
モ12200形
上り方(大阪難波・大阪上本町・京都方)の制御電動車(Mc)です。
ク12300形
下り方(近鉄奈良・橿原神宮前・近鉄名古屋方)の制御車(Tc)です。トイレと洗面室が搭載されています。
12200系の編成は4両と2両の2種類が存在しています。
4両
モ12200 | サ12120 | モ12020 | ク12300 |
2両
モ12200 | ク12300 |
1969年12月製造(12200系2次車)
2両編成5本が増備されました。この編成からはモ12200形のスナックコーナーを省略して製造されました。それ以降に増備された編成も同様のものとなっています。
現在、準備中。